東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2321号 判決 1977年2月22日
控訴人
宮原幸雄
右訴訟代理人
松村弥四郎
被控訴人
牛尾忠弘
右訴訟代理人
小野塚政一
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人が控訴人から花岡所有の本件土地を代金四〇〇万円で買い受ける契約を締結したこと、被控訴人が右代金のうち二七〇万円を控訴人に支払つたこと、右契約においては、本件契約が被控訴人又は控訴人の債務不履行により解除されたときは、被控訴人又は控訴人は相手方に対し違約金として四〇〇万円を支払うとの特約があつたこと、花岡が本件土地を大岡村に売り渡し、所有権移転登記手続を了した結果、控訴人の被控訴人に対する債務が履行不能となつたこと、被控訴人が昭和四八年一〇月二五日控訴人に送達された本件訴状において右履行不能を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは、いずれも、当事者間に争いがない。
二そこで、右履行不能は、被控訴人の責に帰すべき事由によるものであつて、控訴人には何らの責任もないとの控訴人の主張について判断する。
控訴人の主張は、要約すると、本件契約においては、控訴人と花岡間の売買契約に合わせて、契約締結日たる昭和四七年五月二二日に手付金三二〇万円を支払うことを約定したが、被控訴人が同年六月二日までに二七〇万円しか支払わなかつたため、控訴人において花岡に対する売買残代金の支払をすることができず、結局、本件土地を買い受けることができなかつたもので、履行不能の責任は被控訴人にあり、控訴人にはないというものである。
1 そして、<証拠>によれば、本件契約に際して作成された土地売買契約書には、契約締結日が昭和四七年五月二二日とされているほか、売買代金の支払方法として、三二〇万円を手付金として契約締結と同時に支払い、残金八〇万円を本件土地の所有権移転登記手続等と引き換えに支払うとの記載のあることが認められる。しかしながら、<証拠>を総合すると、本件契約が締結されたのは昭和四七年六月二日であつて、右土地売買契約書が作成されたのもこれと同時であるが、控訴人から契約締結日を最初に売買の話合いをした日付にしておくといわれて昭和四七年五月二二日としたものであること、右土地売買契約書に記載された代金の支払方法は、あらかじめ控訴人において書き入れてきたもので、被控訴人も一応右記載を承認して署名、押印をしたが、契約締結と同時に三二〇万円を支払う用意がなかつたため、控訴人に対して、契約締結と同時に手付金として二〇万円を支払い、残金三八〇万円のうち二五〇万円を昭和四七年六月一〇日限り、一三〇万円を本件土地の所有権移転登記手続と引き換えに支払うことにするよう求めたところ、控訴人もこれを了承したので、被控訴人は、昭和四七年六月二日二〇万円、昭和四七年六月一〇日二五〇万円をそれぞれ控訴人に支払つたこと、控訴人は右金員をいずれも異議なく受領し、昭和四七年六月二日付をもつて二七〇万円の領収証を発行して被控訴人に交付したこと、しかるに、控訴人は、昭和四七年六月一〇日付ですみやかに本件土地の所有権移転登記手続を行い引き渡しをする旨の誓約書を被控訴人に差し入れながら、右約束を実行しないため、被控訴人も残代金の支払をしないままになつていることが認められ、原審における控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できない。
右事実によれば、本件契約における売買代金の支払方法は、控訴人の承諾を得て右認定のとおりに変更されたものとみるべきであつて、被控訴人が前記土地売買契約書に記載されたとおりに売買代金の支払をしないからといつて被控訴人に債務不履行があるとはいえない。
2 一方、控訴人と花岡間の売買契約なるものについてみると、<証拠>中には、昭和四七年五月二〇日ころ、控訴人が花岡から本件土地を三五〇万円で買い受ける契約が締結された旨を述べた部分がある。しかしながら、<証拠>によれば、右売買契約は口頭でなされたもので、花岡が控訴人に対して代金全額の支払があつたときに契約書を作成すると申し入れたところ、控訴人は、一〇万円を支払うのでとりあえず契約書を作り権利証を渡して欲しいとか、売買代金をもつて花岡の第三者に対する負債の支払に充てるようにして欲しいというのみで、一銭の支払もしなかつたために契約書の作成には至らなかつたというのであつて、これらの供述に<証拠>を総合すると、控訴人が花岡に対して本件土地を売つてくれるよう申し入れをし、花岡も右申し入れに応ずる態度を示して交渉を重ねたものの、控訴人において花岡の要求する売買代金を用意することができなかつたために、売買契約が成立に至らなかつたものと認めるべきであり、売買契約が締結されたとの前掲各証拠は信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
右に認定したところによれば、本件土地の所有者たる花岡としては、これを売り渡す意思があり、控訴人も代金の用意さえできれば本件土地を買い受けたうえ被控訴人に所有権を移転することが可能であつたにもかかわらず、控訴人において代金の用意をすることができなかつたために売買契約そのものが不成立に終つたことがあきらかである。
3 右1、2の事実によれば、被控訴人は何らの不履行なく控訴人に対して本件契約に基づく代金の支払をしていたにもかかわらず、控訴人は被控訴人から受領した右代金を花岡との間の売買契約の締結に充てることをしないのみか、みずから売買契約に必要な資金の用意もしなかつたために、本件土地を買い受ける契約の締結すらできなかつたことになるのであつて、このように、資金の用意ができないために目的物件を取得して買主に移転するという売主の義務を履行することができないことは、事由のいかんを問わず売主の責任に属するから、控訴人が資金の用意を滞るうちに花岡が本件土地を大岡村に売り渡して所有権移転登記手続を了してしまつた結果、本件土地を取得して被控訴人に移転することが不能になつたことについては、控訴人に債務不履行の責任があるものといわなければならない。
換言すれば、本件契約は他人の物を売買の目的とするものであつて、売主が目的物件を取得して買主に移転することができないときは、一般には担保責任に関する規定に従つて契約の解除又は信頼利益の賠償が認められるだけであるが(民法五六一条、五六二条)、本件のように、目的物件を取得して買主に移転することが可能であるにもかかわらず、売主の責に帰すべき事由によつてそれができなかつた場合には、担保責任にとどまらず、債務不履行の責任をまぬかれることができないと解するのが相当であり(最高裁昭和四〇年(オ)第二一〇号、同四一年九月八日第一小法廷判決、集二〇巻七号一三二五頁参照)、しかも、<証拠>によれば、本件契約当時、本件土地が他人である花岡の所有に属するものであつて、控訴人としてはこれを取得したうえで被控訴人に移転することが売主のもつとも主要な義務であることを十分に認識しつつ被控訴人に売り渡したものであることが認められるから、右債務不履行による損害賠償については、本件契約が控訴人の債務不履行により解除されたときは、控訴人は被控訴人に対し、違約金として四〇〇万円を支払うとの前記特約もまた適用があるものと解するのが相当である。
三そうすると、控訴人には債務不履行があつて被控訴人がした契約解除の意思表示は有効であるから、控訴人は被控訴人に対して受領ずみの売買代金二七〇万円(控訴人は、右売買代金はすでに花岡に支払ずみで現存利益がない旨主張するが、控訴人が花岡に対して一銭の支払もしていないことは前述のとおりであるし、右金員の返還請求は契約解除による原状回復請求としてなされているものであるから(民法五四五条参照)、右主張は理由がない)及び約定違約金四〇〇万円を支払うべき義務があるので、右各金員の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、被控訴人に債務不履行があることを前提とする控訴人の反訴請求はその余の点につき判断を加えるまでもなく理由がないので、本訴請求を認容し反訴請求を棄却した原判決は正当であつて本件控訴はいずれも失当であるから、民訴法三八四条に従いこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(吉岡進 園部秀信 太田豊)